読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

seeing’s diary

転載は自由にどうぞ

Copy:統一協会関係者の言論統制と貧困(ボリビアとウルグアイの事例)

統一協会関係者の言論統制(ボリビアとウルグアイの事例)

 △ 統一協会関係者が言論統制を必要とする理由
 △ 世界勝共連合(WACL世界反共連盟)

1.アメリカの有名なジャーナリストのサイトの記事:
統一協会が出した資金による、
傭兵により行われたボリビアのクーデターと言論統制

http://www.consortiumnews.com/2004/101504.html
以下に、このアメリカの記者の記事を翻訳します。
この記者はイエロージャーナリストなどではありません。
海外サイトはジャーナリストが統一協会の極悪非道振りな記事をネットに載せてるようです。

Moon also associated with right-wing South American leaders
implicated in cocaine trafficking.
In 1980, Moon’s organization made friends with Bolivia’s “Cocaine Coup” conspirators
who had overthrown a left-of-center government and seized dictatorial power.

統一協会は、コカインの不正 取引に関与していた南アメリカの右派のリーダーと親しく付き合っていた。
1980年に、統一協会は、ボリビアの「コカインクーデター」の共謀者と親しく付き合っていた。
コカインクーデターと言うのは、当時の左派政権を転覆し独裁政権を立てた政変のことである。

The violent coup installed drug-tainted military officers at the head of Bolivia’s government,
giving the putsch the nickname the “Cocaine Coup.”

この暴力政変は、ボリビア政府の上層部の、麻薬に汚れた軍の将校によって企てられたものであり、
この反乱は「コカインクーデター」と名付けられた。


以下のページに、コカインクーデターと統一協会のかかわりについてもっと詳しく書いてありました。
http://www.consortiumnews.com/archive/moon6.html
Dark Side of Rev. Moon (Cont.): Drug Allies
The Cocaine Coup Cometh

文師の暗黒面:麻薬連合
コカインクーデター

On July 17, the Cocaine Coup began,
spearheaded by Barbie and his neo-fascist goon squad dubbed Fiances of Death.
"The masked thugs were not Bolivians; they spoke Spanish with German, French and Italian accents," Levine wrote.
"Their uniforms bore neither national identification nor any markings,
although many of them wore Nazi swastika armbands and insignias."

1981年7月17日に、コカイン政変(クーデター)が起きた。
それは、(元ナチ幹部の)クラウス・バルビーと、死のフィアンセというあだ名で呼ばれた彼のネオナチスの部隊に先導された。

「マスクをした強盗団はボリビア人では無かった。
彼らはドイツ訛りや、フランス訛りや、イタリア訛りのあるスペイン語を話した。」とLevineが書いている。
「彼らのユニフォームは、どの国のものとも分からず、何のマークも無く、
ただ、ナチスのカギ十字(卍)の腕章とバッジだけを付けていた。」

According to later Bolivian government and newspaper reports,
a Moon representative invested about $4 million in preparations for the coup.

(ガルシア・メサ陸軍司令官のコカインクーデター政権が倒れた)後のボリビア政府と新聞の報道によると、
統一協会はこのコカインクーデターの資金として4百万ドルを提供した。

Bolivia's WACL representatives also played key roles, and CAUSA,
one of Moon's anti-communist organizations,
listed as members nearly all the leading Bolivian coup-makers. [CAIB, Winter 1986]

ボリビアWACL(統一教会の世界反共連盟)CAUSA(統一協会の反共組織)も重要な役割を演じ、
ボリビアのコカインクーデターの実行者たち全員のリストに、クーデターのメンバーと登録されていた
(コメント)この記事によると、統一協会はコカインクーデターのメンバーでした。

(コメント)以下のボリビアの歴史サイトに、コカインクーデターの内容が書いてありました。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/andes/bolivia2.htm
--------引用はじめ------------------------
1980年  ガルシア・メサの腐敗政治
2月 軍人の麻薬業者との癒着がいっそう進む.

政府要人の麻薬への関与を糾弾した左翼系紙「アキ」編集者のルイス・エスピナール神父,
テロ集団により誘拐され拷問の上虐殺

5月 COBとレイエス総司令官とのあいだに6月選挙の結果を尊重する合意成立.
ガルシア・メサ陸軍司令官はこれを「たんなる対話に過ぎない」と批判.
国内にクーデターへの警戒感広がる.

6.29 大統領選実施.民主人民連合(UDP)が38%の得票を獲得,
UDPはシレス・スアソの全国革命運動左派(MNRI)を中心に共産党(PCB),革命左翼運動(MIR)などが結集.
パス・エステンソロも立起するが敗北.

7.10 議会は選挙で相対多数を獲得したスアソの指名に同意.

同時に麻薬やその他の非合法活動と結びついた軍部は文民政府の統制下にはいることとなる.
彼らのバンゼル政権の下での人権侵害や腐敗が問題となる

7. 17 アルゼンチン軍部の指導を受けたルイス・アルセ・ゴメス大佐ら,
スアソの)大統領就任を前にクーデターにより権力を掌握.

彼らがいずれもコカイン密輸と深 く関係していたことから「コカイン・クーデター」と呼ばれ,
コカイン業者の資金とヨーロッパからの雇い兵に支えられる.

ゴメス大佐は,ボリビア麻薬王ロ ベルト・スアレスのいとこにあたる.
アルセは麻薬業者がコカの「税金」を払う代わりに密輸を黙認した.

7.17 社会党のマルセロ・キロガ・サンタ・クルス党首が暗殺される。軍情報部の指示によるとされる。

アルゼンチン軍部専門家の指導を受けた特別治安部隊(SES)や准軍事組織が反対者を次々に逮捕,拷問,暗殺

7.17 (アメリカ)カーター政権はガルシア・メサ将軍の新政権承認を拒否.対ボリビア軍事援助を即時停止すると発表.

7.19 ベネズエラ・コロンビア・ペルー・エクアドル4国外相,ボリビアのクーデターを遺憾とする共同声明発表.

8月 軍事評議会ルイス・ガルシア・メサ陸軍司令官を臨時大統領に指名.
ゴメスが内相となり弾圧を直接指揮
COB本部,米大使館を襲撃.
メサの黒幕は元ナチ幹部のクラウス・バルビーとされる.
------引用おわり------------------------------

このクーデター政権によって、ボリビアの(麻薬用の)コカイン生産が大幅に生産増加され、
これ以降、ボリビアは麻薬コカイン葉の主要生産国に変わりました。
それによって、ボリビアの国の体質は、コカインを生産しなければ食っていけない国に体質が変わりました。
ボリビアは、この統一協会とガルシア・メサ政権以来、経済の進歩がストップし、現在では、世界の最貧国になりました。

http://www.consortiumnews.com/archive/moon6.html
の文章の更に先の文章を翻訳します。

Among the first well-wishers arriving in La Paz to congratulate the new government
was Moon's top lieutenant, Bo Hi Pak.

(ガルシア・メサの)新政府誕生を祝うためボリビアの首都ラパスに駆けつけた
新政府に好意的な者の中に、統一協会の中尉のBo Hi Pak(朴普煕(パク・ポーヒー))がいた。

The Moon organization published a photo of Pak meeting with Gen. Garcia Meza.

統一協会の出版社は、このBo Hi Pak(パク・ポーヒー)とガルシア・メサ陸軍司令官の面会の写真をその出版物に掲載した。

After the visit to the mountainous capital, Pak declared,
"I have erected a throne for Father Moon in the world's highest city."

統一協会のBo Hi Pak(パク・ポーヒー)は、この山地の首都の訪問の後で、
「私は、文鮮明お父様のための御座を世界一高い都市で選んだ」と述べた。

On May 31, 1981, Moon representatives sponsored a CAUSA reception at the Sheraton Hotel's Hall of Freedom in La Paz.

1981年の5月31日に、統一協会の幹部が、
ボリビアの首都ラパスのシェラトンホテルの自由ホールで
CAUSA(統一協会の反共組織)のレセプションを開催した。

Bo Hi Pak and Garcia Meza led a prayer
for President Reagan's recovery from an assassination attempt.

Bo Hi Pak(パク・ポーヒー)とガルシア・メサ陸軍司令官が、
レーガン大統領の暗殺事件からの回復を願う祈りを先導した。

In his speech, Bo Hi Pak declared,
"God had chosen the Bolivian people in the heart of South America as the ones to conquer communism."

Bo Hi Pak(パク・ポーヒー)は、そのスピーチで、
「神は、ボリビアの人民を南アメリカの心臓部において共産主義と戦う戦士にした」と演説した。

According to a later Bolivian intelligence report,
the Moon organization sought to recruit an "armed church" of Bolivians,
with about 7,000 Bolivians receiving some paramilitary training.

後の、ボリビアの情報機関の報告によると、
統一協会は、7000名に準軍事的訓練を与える、ボリビア人の「武装教会」を募集した。

(コメント)この記事によると、
統一協会は、ガルシア・メサ陸軍司令官と一体になってボリビアで軍事活動を(しようと)していました。


2.統一協会の支援した国ウルグアイ言論統制の事例
統一協会がかかわった期間のウルグアイの歴史は、以上の通りでした。

http://www.consortiumnews.com/2004/090704.html

Moon first sank down roots in Uruguay during the 12-year reign of right-wing military dictators who seized power in 1973.

統一協会は、最初に、1973年にウルグアイで権力を握った右派の12年間の軍事政権の統治下でのウルグアイの地下深くに根を下ろした。

この1973年からの12年間の軍事政権の状況がどうであったか、、、
以下のウルグアイの歴史サイトの年表から見てみます。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/laplata/urguay.htm
--------引用はじめ------------------------
軍事独裁の時代

1973年
2.09 陸軍と空軍,ボルダベリの民間人国防相指名に反対し反乱.
放送局と港湾を占拠.統一・改革のホルヘ・バチェを逮捕


2.10 軍部,一連の政治・社会・経済改革案をふくむコミュニケを発表.政府に実行を迫る.海軍は当初大統領に忠誠を誓うが,後に反乱側に傾く.

2. 13 ボアッソ・ランサ協定にもとづき国家保安会議 (Consejo de Seguridad Nacional--Cosena) が設置される。
三軍総司令官と統合参謀本部長の軍人4人,国防相,内相,外相,民間人3人よりなる。
これにより軍の顧問としての役割と政治的決定過程への 参加が保証される.
コセナは大統領を越える権限を持つこととなり,事実上の軍政に移行.

4月 議会,軍部の提案した国家安全保障法を拒否.
軍の権限逸脱と行き過ぎに不信を抱き,軍による拷問事件の調査に乗り出す構えを見せる.

コロラド党のパチェコ派とブランコ党のアゲロンド派は,ボルダベリ=軍部支持に回る.

6.27 ボルダベリ大統領,軍部の意向に沿い議会を閉鎖
すべての政党の活動を停止,反対派の新聞を閉鎖.
軍と警察に秩序維持のためのあらゆる手段をとる権限を付与,軍部独裁に道を開く.

6.28 全国労働者協議会(CNT),抗議のゼネストに突入.
2週間にわたり工場占拠闘争を続ける.

6.30 25人からなる国家評議会が設立される。

7.01 軍部,モンテビデオを占領。
ストを実力で粉砕.大学を占拠.共産党など左翼政党を非合法化.

7月 軍部,「国家保安憲章」を公布.
国家存立の危機にあっては,国家主権は人民に属するものではなく,
国家の生き残りという大義に由来すると宣言.

1976年
6.12 軍部,ボルダベリ(大統領)を追放.
デミチェリ国家評議会議長を臨時大統領に昇格させる.
デミチェリは憲章第一号を公布.総選挙の無期限延期を宣言.

6月 軍部,全国労働者連合を非合法化し,拡大戦線議員を追放.
左翼政治家の大量逮捕や投獄
大学への介入や学生・教職員の逮捕
拡大戦線加盟政党の非合法化,
新聞・ラジオ・雑誌の検閲

そしてさらに保守政党をも活動停止処分に.

7.14 国家評議会,最初の大統領に文民アパリシオ・メンデスを任命.

7.16 国際法律家協会(ICJ) 、ウルグアイにおける人権侵害を非難する決議。
アムネスティ・インターナショナルウルグアイの人口あたりの政治犯の比率は地球上のどの国よりも高いと述べる.
国民500人に一人が投獄され,

国民の1割にあたる30万から40万の人々が国外亡命するという暗黒政治となる.

7月 コンドル作戦.拡大戦線の創設者セルマル・ミチェリーニ(Zelmar Michelini)と国民党のエクトル・グティエレス・ルイスが,亡命先のアルゼンチンで,相次いで殺害される

9月 米議会は人権問題を理由にウルグアイへの軍事援助を停止する決議.

1977年
2.24 バンス米国務長官,人権抑圧が続くかぎりアルゼンチン・ウルグアイへの軍事経済援助を削減・停止すると発表.

3.01 アルゼンチン・ウルグアイ,米国の軍事援助を拒否すると声明.

8.09 評議会,1981年に民政移管を実現すると発表.それまではコロラド・ブランコ両党の活動は禁止されることとなる.
憲法が成立した後,両党の合意のもと1選挙区一人の候補者が立起を許されるとされるが,
その後も軍の拒否権は留保される..

1978年
78 アルバレス議長退陣.軍部はさらに極右化.反政府勢力の弾圧を専門とする国家情報機関,ESEDENA創設

78年 政府,外資導入を促すため「クローリングペグ」システムを導入.
ペソの下げ幅を抑制する政策.これにより大量の外資流入する.
国内での激しいインフレのためペソは過大評価され,輸出は停滞.後の対外債務増大の原因となる.

1980年
11.30 軍部提案に対する国民投票実施.軍の広範な介入の余地を残した案に対し,国民は反発.
64万(43%)対88万票(57%)の大差で否決される.
軍部,ふたたびいっさいの政治活動を禁止

80年 厳しい緊縮政策により,物価上昇率は40%に低下.GDPもわずかながら上昇傾向に転じる.社会保障には大なたが振るわれ,実質賃金は10年前の50%にまで低下.

1982年
11月 メキシコに始まった金融危機ウルグアイを襲う.政府は通貨の「クローリング・ぺグ」制度を廃止.
多量の海外資金を受け入れた企業・金融機関はたちまち返済不能に陥る.

82年 ペソ切り下げにもかかわらず年間物価上昇率は20%にまで低下.いっぽうGDPは2年間に20%低下し,国内産業はほぼ全面崩壊.
失業率は17%まで跳ね上がる

74年オイルショック以来の対外債務は,国際的な高金利により雪だるま的に膨らみ続ける.

1984年
84年 ベグ蔵相による経済たてなおしは失敗.累積対外債務は30億ドルに達する.

1985年
2月 民政移管を前に,軍による再クーデターの動きが広がる.労組はゼネスト体制を確立し,軍の動きに備える.

3.01 民政移管.コロラド党(保守党)のサンギネッティが大統領に就任.この時点で49億ドルの対外債務を引き継ぐ.

3.01 最初の施策で共産党の合法化と機関誌「エル・ポプラール」の発刊許可.続いて労働組合の団交権,スト権に対する制限法を撤廃.共産党の影響下にあった労働者全国評議会(CNT)の復活も認める.
------引用おわり------------------------------

ウルグアイから軍事政権と統一協会がいなくなって「やれやれ一安心」という感じです。
ウルグアイでは経済停滞がすさまじかったようです。

ボリビアも、統一協会とガルシア・メサ政権以来、経済の進歩がストップし、世界の最貧国になりました。

統一協会の特徴に、
弾圧と、
新聞・ラジオ・雑誌の検閲と、
そして、貧乏(現在は、統一協会員に限定されていますが)
(国全体に力が及ぶと国全体が貧乏)があるようです。


[19050]ランナー氏へ by.元統一幹部? 2006年06月10日(土) 12時06分?■

>軍事政権と統一協会がいなくなって「やれやれ一安心」という感じです。
>経済停滞がすさまじかったようです。

人を傷つけたり(殺害)抑圧すると経済は停滞するよね?

>ボリビアも、統一協会とガルシア・メサ政権以来、経済の進歩がストップし、世界の最貧国になりました。

今の日本統一協会みたいだね!

>統一協会の特徴に、
>弾圧と、
>新聞・ラジオ・雑誌の検閲と、
>そして、貧乏(現在は、統一協会員に限定されていますが)
>(国全体に力が及ぶと国全体が貧乏)があるようです。

同感です。

文鮮明統一協会組織の体質と右派軍事政権の権力者の体質とどこか似てるんだろうねぇ。

僕は、優秀で世界にも良い貢献できる人材を悉く潰してきた文鮮明や、組織は、世界平和なんて微塵も考えてないと理解してます。

彼等は、どちらかっていうと、社会も人も国も破壊することには才能ある人たちだね。

(追伸)統一協会は、今の日本で、これから伸びていこうとするインターネットを規制して、
言論統制するとともに、新しい産業を潰す動きをしているようです。
きちんと対応しないと、国全体が貧乏になるかもしれない。