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seeing’s diary

転載は自由にどうぞ

「共謀罪」ついに姿を現すが、 「3回廃案の焼き直し」そのもの

「共謀罪」ついに姿を現すが、 「3回廃案の焼き直し」そのもの

2017年02月28日 保坂展人


国会では、衆議院の予算審議の後半で、「森友学園問題」が大きな焦点となりました。

一方で、金田法務大臣による答弁が右往左往した「共謀罪」についても、政府は3月10日の閣議決定を予定して、与党内の調整を急いでいると伝えられています。

 

すると、2月28日、東京新聞が政府提出法案の全文を入手したとして報道しています。

かねてから予想していたように、「テロ等準備罪」と声高に宣伝していたにもかかわらず、

「テロ」という文言は見当たらないそうです。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


テロ準備罪に「テロ」表記なし 「共謀罪」創設の改正案を全文入手:東京新聞2017年2月28日


本紙が入手した法案全文によると、処罰されるのは「実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画」で、「計画罪」と呼ぶべきものとなっている。政府が与党に説明するために作成した資料では、対象とする二百七十七の犯罪を「テロの実行」「薬物」など五つに分類していたが、本紙が入手した法案全文には「テロ」の文言はなく、分類もされていなかった。特定秘密保護法で規定されているようなテロリズムの定義もなかった。


法案は、共同の目的が犯罪の実行にある「組織的犯罪集団」の活動として、その実行組織によって行われる犯罪を二人以上で計画した者を処罰対象としている。計画に参加した者の誰かが資金や物品の手配、関係場所の下見、「その他」の実行準備行為をしたときに処罰すると規定。また「(犯罪)実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、または免除する」との規定もある。


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


記事を読む私には、11年前に激しく論戦した「共謀罪」の記憶がよみがえります。

安倍晋三首相が「テロ等準備罪で、共謀罪と呼ぶのは間違いです」と何度繰り返しても、

上記の内容はかつての「共謀罪」そのものです。

 

私は、これまで以下のように予測していました。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


「オルタナティブ・ファクト」と「共謀罪と呼ばないトリック」(2017年1月31日)


政府提出予定の新法案には、かつての「共謀罪」が「合意罪」「計画罪」と記述される予定だと思われます。ただ、「合意(計画)とは何か」と問えば、「実行しようとする犯罪の手順等について、具体的・現実的に合意(計画)すること」と説明することでしょう。つまり、「共謀」を「合意(計画)」と言い替えているだけなので、(国際組織犯罪防止)条約批准にも支障がないというトリックなのです。


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


すなわち「共謀」を「合意」や「計画」と言い替えているだけで、

本質は変わっていないのです。

 

「共謀」は評判が悪いから、多くの人が納得する「テロ等防止罪」と呼称を変えて「まったく別の代物」「共謀罪と呼ぶのは間違い」と言ってきたのですが、

法案の内容では「テロ」を使用することなく、

「共謀」を「計画」に差し替えてきたということです。

 

改めて、「共謀罪」が提案されたと受けとめ、

問題点をピックアップしたいと思います。


11年前、共謀罪の国会論戦においても、「一般市民や労働組合等に乱用されるおそれはないか」という議論が交わされていました。

 

当時の法務省からは、「組織的犯罪集団が対象なので、一般の人には影響がありません」という見解が語られ、

「およそ一般に存在している団体が共謀罪の対象となることはなく、『犯罪』を共同の目的とした場合に絞られる」との答弁が続きました。


しかし、「建設関係の工務店の一部の課が、『リフォーム詐欺』を繰り返している場合には、共謀罪は適用できるか」という問いに答えて、

当時の法務省は、「企業や会社という正当な目的をもって存在している組織・団体の中で、一部が「犯罪」を共同の目的として活動をし始めた場合には、共謀罪が成立する場合もある」という見解が示されていました。


この論点は、衆議院予算委員会でふたたび浮上しました。

 

先にふれたように、安倍晋三首相は「共謀罪と呼ぶのは間違い。一般市民が対象となることはありえない」と断言してきました。

 

一方で、金田勝年法務大臣は「一般市民は、『組織的犯罪集団』という定義に入らないということでいいのか」という民主党階猛(しなたけし)議員の質問に答えて、

 

「団体の性質が一変したと認められなければ、組織的犯罪集団と認められることはない」と答弁しています。


ひらたく言えば、先の工務店内「リフォーム詐欺課」のような場合をさして、

当初から「犯罪遂行」を目的として結成された組織・団体でなくても、

犯罪遂行を目的とするように「団体の性質が一変」した場合には、

共謀罪の適用対象になるとしているのです。

 

以前から繰り返し行われてきた議論ですが、

首相と法務大臣の見解が違うとして、

民進党は「政府統一見解」を求めていたところ、

2月16日、法務省は「統一見解」を出しています。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


共謀罪、一般人対象の余地「犯罪行う団体に一変の場合」:朝日新聞 2017年2月17日


 犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の要件を変え、「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、法務省は16日、「正当に活動する団体が犯罪を行う団体に一変したと認められる場合は、処罰の対象になる」との見解を明らかにした。

これまで政府は、「一般の市民は対象にならない」としてきたが、捜査当局の解釈や裁量によっては対象になることが明らかになった。


衆院予算委員会の理事懇談会で、法務省が文書を示した。

法案はまだ国会に提出されておらず、

「テロ等準備罪の具体的内容は検討中」と前置きしたうえで、

対象となる「組織的犯罪集団」については「結合の目的が重大な犯罪などを実行する団体」という趣旨で検討していると説明した。


加えて、「もともと正当な活動をしていた団体」も、その目的が「犯罪を実行することにある団体」に一変したと認められる場合は、組織的犯罪集団に当たり得るとの見解を示した。


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


 この段階でも、「従来の共謀罪とはまるで違う」(安倍首相)どころか、「11年前の共謀罪の議論とそっくり」と感じます。

 

「組織的犯罪集団に限る」と言いながら、

一般の企業や団体であっても、

正当な団体の目的から逸脱し、「犯罪」を共同の目的とするような団体に「変質」した場合は組織的犯罪集団となると答弁した過去の議論を、法務省は見事に踏襲していることがわかります。

 

「一般市民を対象としない」と断言するのなら、

組織的犯罪集団の定義を暴力団やテロ組織、

薬物密売組織、振り込め詐欺集団等に限定した上で、

「常習性」「反復継続性」を付記すべきと日本弁護士連合会の「共謀罪創設反対の意見書」の指摘する通りだと思います。

 

「法案全文」を伝えた東京新聞の記事の後半を読んでみましょう。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


テロ準備罪に「テロ」表記なし 共謀罪」創設の改正案を全文入手:東京新聞2017年2月28日


政府はこれまでの国会答弁で「合意に加えて、準備行為がなければ逮捕令状は出ないように立法する」などと説明してきた。

しかし、条文は「実行準備行為をしたときに」処罰するという規定になっており、

合意したメンバーの誰かが準備行為をしなければ逮捕できないとは読み取れない。


準備行為がなければ起訴はできないが、計画や合意の疑いがある段階で逮捕や家宅捜索ができる可能性が残ることになる。

 

合意の段階で捜査できるのは、本質的には内心の処罰につながる共謀罪と変わらない。


「組織的犯罪集団」は政府統一見解では、普通の団体が性質を変えた場合にも認定される可能性がある。

 

団体の性質が変わったかどうかを判断するのは主に捜査機関。

その裁量次第で市民団体や労働組合などが処罰対象となる余地がある。


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


11年前の共謀罪をめぐる国会論戦で、もっとも懸念したのが「乱用への危惧」です。

「準備行為」とは、共謀の内容を実行するために、「お金を降ろす」「切符を予約する」等の具体的行為をさすとされていますが

それら自体は誰もが日常的に行なっている行為にすぎません。

 

「共謀」が存在し、その実行のための「お金」「切符」と断定するためには、事前に情報をつかんでおく必要があります。


共謀罪が適用される場合、犯罪は「計画」どまりで、未だ実行されていません。

「どんな会話をかわしたか」

「メールやLINEのやりとり」のみならず、

「内心どのように考えていたか」

「心の中で決意したどうか」

の立証が問われることになります。

 

政府は、ここに共謀・合意のみならず「準備行為」を入れたことで厳格となったと強調していますが、はたしてそうでしょうか。

 

日本弁護士連合会の意見書は次のように述べています。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


「準備行為」の要件は適切に機能しないこと


共謀罪法案は,計画(合意)のみならず,当該犯罪の実行の「準備行為」がなされることを処罰条件として付加されており,内心や思想を処罰するものではない,とされている。しかしながら,今回,「準備行為」の例として,資金又は物品の取得が例示されていることから分かるように,準備行為自体は,予備罪や準備罪における予備行為又は準備行為のように,その行為自体が結果発生の危険性を帯びる行為とはされておらず,計画に基づく行為(その行為は,我々が日常生活において通常行っている行為でも構わない。)が外部に現れれば,処罰条件は具備されたことになると理解される。


また「準備行為」は処罰条件に過ぎないため,「計画」の時点から犯罪の嫌疑がありとして犯罪捜査の対象となり得る。そうすると、「準備行為」がなされたことを処罰条件とするとしても, 共謀罪法案は,依然として,犯罪を共同して実行する意思を処罰の対象としていることと実質的には変わらないと言わざるを得ない。 (日本弁護士連合会意見書)


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


「準備行為」を処罰条件としたと言っても、

「犯罪を共同して実行する意思」つまり「共謀・合意」を処罰対象としていることと変わらないという点は、

具体的事例をあげて考えてみるとわかりやすいと思います。

 

共謀の結果、「お金を降ろす」「切符を予約する」ことを「準備行為」とするわけであって、

そもそも共謀がなければ何らとがめられることのない日常の一コマです。

 

犯罪とされるのは、「共謀・合意による計画立案」なのです。

与党内でも、共謀罪への「異論」の声があがったとの報道もあります。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


「共謀罪」、与党からも異論 閣議決定ずれ込みも 日本経済新聞 2017年2月24日


犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案をめぐり、政府の説明に対する不満が野党だけでなく、与党内からも高まってきた。「組織的犯罪集団」や「実行準備行為」の定義について「明確性に欠ける」などの指摘が相次いでいる。政府は当初、3月10日の閣議決定を目指していたが困難な情勢だ。


「このままだと反対だ。刑事法として非常に欠陥がある」。23日の自民党法務部会は参加議員から異論が噴出した。


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


自民党内では、野党が指摘した問題点も議論されたようです。

自民党法務部会では「一般の団体から組織的犯罪集団に切り替わるのは何が基準になるのか」との声があがったといいます。

公明党もまた、「3月10日の閣議決定は非常に厳しい」(漆原良夫・中央幹事会会長)と表明しています。


--------------引用開始----------------------------------------------------------------


「共謀罪」、政府が与党に説明=公明幹部「最大の対決法案」時事ドットコム 2017年2月28日


政府は28日午前、「共謀罪」の構成要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について公明党に説明した。同党の意向に配慮して対象犯罪を277に絞り込んだことや、処罰対象を「組織的犯罪集団」に限定したことを伝え、理解を求めた。


 同党の漆原良夫中央幹事会長は、政府の説明を聴取する党会合の冒頭、「今国会最大の与野党対決法案だ。テロ未然防止の観点から、この法案がどう必要なのか、しっかり審議していただきたい」と呼び掛けた。(2017/02/28-09:11)


--------------引用おわり----------------------------------------------------------------


共謀罪は過去3回、廃案となっています。

 

私は、『共謀罪はなぜ過去3回廃案になったのか』(2017年1月21日) で、かつての経過をふりかえっています。

 

今回、注目に値するのは、過去に何回も自民・公明修正案として衆議院法務委員会に提出したり、自民党小委員会でまとめられた案と比較して、

政府が今回まとめた法案がどのレベルにあるかという点です。

 

「組織的犯罪集団に絞る」「準備行為を加える」等、すでに11年前に議論していたことで、何一つ新しい要素はありません。

 

「今国会最大の与野党対決法案」というなら、その検証は不可欠です。


関連記事


共謀罪はなぜ過去3回廃案になったのか


「オルタナティブ・ファクト」と「共謀罪と呼ばないトリック」


「共謀罪」論議で浮き彫りになった矛盾と「法務大臣の謝罪」

 

日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)

 

1945年

 占領軍の指揮官のマッカーサーは、日本の徹底改革&天皇制維持の姿勢を決めていた。ワシントン政府は、日本の改革・天皇制いずれにもフラフラしてた。結局はマッカーサーが独断専行で決めていく。

 そのマッカーサーを、日本国民は熱烈歓迎する。
ここで労働基準法を作り組合活動を合法化し、戦前・戦中に拘束されていた社会主義者・共産主義者が釈放される

1945年10月4日、

 マッカーサーから治安維持法共謀罪)の廃止を要求された日本の東久邇内閣は、それを拒絶し総辞職した。

 すなわち、日本の支配層は、敗戦後に、弾圧した国民の復讐を恐れ、日本占領軍に逆らってでも治安維持法を守ろうとした

 

 しかし、戦後にアメリカから与えられた民主主義体制によって日本の治安が良好に保たれたので、

戦前の治安維持法共謀罪)も、共産主義者の暗殺行為も、思想善導も必要無かった。

 

「児童を保護するため」と言った児童ポルノ規制法は、実際は、

「児童ポルノ単純所持罪は児童を逮捕するための法律かも」

でした。

http://sightfree.blogspot.jp/2014/03/blog-post.html

(このグラフの元データは、警察庁の生活安全の確保に関する統計のうち、「平成25年中の少年非行情勢について」の報告による)

 

同様に、「国民をテロから保護するため」と言うテロ準備罪は、

「国民を逮捕するための法律」のようです。

 

また自民党は、テロ準備罪(治安維持法)の成立に向けて、以下の憲法改悪案で運用したいと考えているようです。

憲法36条)公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

自民党案では:「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、これを禁ずる。」に変えます。
テロ準備罪(治安維持法)の運用等で止むお得ないと総理大臣(安倍)が判断した場合は、拷問を許可するようです。 

 

 

治安維持法――なぜ政党政治は「悪法」を生んだか(その2)  

 

 その1では1925年の成立に至るまでの過程をまとめましたが、本記事(その2)では1940年頃までの運用と改正についてまとめたいと思います。

成立当時の政権は「言論文章の自由の尊重」(内相・若槻礼次郎)をうたっており、宣伝ではなく結社を取り締まるものとして制定された同法ですが、運用の実態はいかなるものだったのでしょうか?

そしてなぜ改正を必要としたのでしょうか?

第3章から第5章までをまとめました。

 

  • 赤化宣伝


 
結社を取り締まる法律として成立した治安維持法は、本来赤化宣伝を直接取り締まるものではありませんでした。

日ソ基本条約には「宣伝禁止条項」が含まれていましたが、

同条項はあくまでも「政府の命令を受けた人間と政府から財政支援を受けた団体」が宣伝をすることを禁止したに過ぎず、

コミンテルンが事実上ソ連政府と密接な関係をもっていたにも関わらず、その宣伝行為をも取り締まることは困難でした。

まして幣原協調外交のもとでは、宣伝禁止条項の厳格な運用を達成することもできず、同条項は条約締結から1年を待たずに形骸化します。

その結果、当局は治安維持法適用対象拡大に動くことになります。



1925年11月、同志社大学軍事教育に反対するビラがまかれ、京都府特高課は京都地裁検事局検事正と協議の上で京都大学社会科学研究会の一斉捜索を決定します。

内務省は若い学生の検挙に消極的でしたが、司法省は本件への治安維持法適用に積極姿勢を見せていました。

予審の結果、本件では治安維持法第1条によるところの「結社罪」ではなく、第2条で定義されている「協議罪」*1適用が争われることになります。

結果としては第一審において、「私有財産制度否認」を目的とした「協議罪」で有罪が宣告されます。

治安維持法はその最初の事案において、投書の目的である「結社を取り締まる法律」としては機能しなかったのです。



日本共産党1925年上海会議でコミンテルンから再建を指示され、「君主制の廃止」をうたった27テーゼに基づいて活動を展開していきます。

テーゼ君主制の廃止」を明記していたため、それまで曖昧だった共産主義が「国体変革」を禁止する治安維持法と一直線に接続されることになります。

1928年の第1回男子普通選挙において、共産党は11名の党員を労農党から立候補させます。

この公然とした活動は内務省を刺激し、治安維持法第1条の「結社罪」適用を目的とした全国一斉検挙につながることになります。

1928年3月15日、全国で1600名が一斉に検挙されます。

ところが、共産党事務局長の家から押収された名簿に記載されていたのは409名であり、検挙者の大半は共産党に加入していないことが発覚します。

さらに第1条の結社罪の定義においては、結社には「情ヲ知リテ」すなわち「結社の目的を知った上で」加入していることが要件となっており、名簿に名前があっても結社(加入)罪が成立しないケースさえありました。

最終的な起訴数は488名となりましたが、治安維持法はその最初の大規模検挙から、怪しい容疑者を手当たり次第検挙するという「粗雑な運用」を許してしまったのです。



 
この時の改正は2つの目的を持っていました。

一つは結社罪の最高刑を死刑としたこと*2

もう一つは目的遂行罪(結社に加入していなくても、国体変革等を目指す結社の目的に寄与する行動を罰するもの)の設定でした。

特に後者について、改正後に拡大適用されて猛威を振るうことになります。


 
3.15事件は治安維持法適用という意味では「失敗」だったとはいえ、共産主義勢力の伸長に対して政府危機感を抱くには十分なものでした。

田中内閣の原司法相と小川鉄道相は同事件を受けて治安維持法改正に積極的に動くことになります。

1928年4月25日、治安維持法改正案は内閣に提出され、次いで第55特別議会で議論されることになります。

大きな問題を孕んでいた目的遂行罪についてはほとんど議論されなかったものの、会期が短かったこともあって改正案は審議未了で廃案となります。


 
しかし、原法相は諦めませんでした。

議会の承認を得ずに政府が制定する「緊急勅令*3を抜け道としたのです。

その要件に鑑みて明らかな濫用であり、田中内閣議会軽視との批判を受けますが、枢密院審査委員会第6回審査会において同勅令は5対3の僅差で可決されます。

さらに本会議での審議が行われますが、このとき昭和天皇枢密院史上初めて「如何程遅くなりても差支なし、議事を延行すべし」との要望を出しており、表決が1日延ばされました。

しかしながら、最終的に反対5賛成24の賛成多数で緊急勅令は可決されます。

そして事後の議会では目的遂行罪や法案改正以前に取り締まりを充実させることなどが議論されますが、議会多数を占める政友会は討議を打ち切り、賛成249反対170で事後承認が成立します。

 

(当ブログのコメント:

1928年の第55議会(5月6日閉会)で、特高警察の大拡充の追加予算が認められ、それとともに、思想検察(裁判所のチェックを外して、独自権限で犯人の逮捕状を発行できる機関)の創設の経費が認められる。(「思想検事」2000年9月20日発行(荻野富士夫著)34ページ))

 

  • 改正後の運用


 
改正から3ヶ月後には民政党の浜口内閣が成立し政権交替が起きます。

浜口政権は当初社会運動に対する取り締まりについて柔軟な姿勢*4を見せますが、1930年2月の第三次共産党検挙を機に挫折します。

同検挙においては共産党外郭団体に目的遂行罪が適用され、治安維持法の拡大の一端を示しています。

裁判の場でも目的遂行罪は存在感を示しました。

1931年5月20日の大審院判決では、当人の活動が結社の目的に合致すると客観的に判断できれば(主観的な意図がなくても)目的遂行罪は成立するとの判断がくだされます。

検察や警察による恣意的な運用が認められたも同然の判決でした。

 

 

---引用:治安維持法とゲーム規制--- 

治安維持法

裁判所のチェックを外して犯人を逮捕しました。


-----引用-----------

 共謀罪は自白で立証することになるので、自白調書さえ取れれば有罪にできる。捜査機関は長期間の身柄拘束をして取れるまで取り調べるでしょう。
-----引用おわり------


治安維持法は、犯罪の理由を政治思想としましたので、

犯人の自白が必ず「証拠」として必要になりました。

 

「犯人の自白」を、刑事犯の証拠にした治安維持法は、

思想を取り締まるので、冤罪を生まないよう、

厳密な取り調べで犯人かそうで無いかの区分けをしたようですが、

それでも、かなり冤罪が多かったと聞いています。

 

A:治安維持法 第18条 ① 検事ハ被疑者ヲ召喚シ又ハ其ノ召喚ヲ司法警察官ニ命令スルコトヲ得

検事が司法警察官に命令して逮捕(召喚)状を発行させる。

(中略)

③ 召喚状ノ送達ニ関スル裁判所書記及執達吏ニ属スル職務ハ司法警察官吏之ヲ行フコトヲ得

司法警察官は裁判所の権限を持って逮捕(召喚)状を発行することができる。


治安維持法は実質的に、裁判所を外して、警察官だけの独断で犯人を逮捕できたので、大きな弾圧を生みました。

 

「思想検事」(岩波新書)「荻野富士夫 著」

に、治安維持法が詳しく書いてありました。


(207ページ)

治安維持法の特徴は、単に法的な処罰だけでなく、

>より広く社会的な処罰ないし威嚇としても機能したことにあった。

・・・

>国法にふれたという嫌疑をかけられるということは、

>倫理的には悪人、ひとでなし、信仰上からは罪人、

>非国民、はなはだしい場合、公敵、売国奴になってしまう。

 

治安維持法の前身の「集会条例」に類似する規定もあるようですので、

児童ポルノ単純所持違法化法案などの、治安維持法と同じく

裁判所のチェックを外して逮捕するという、令状主義に反する法案には気をつける必要があると思います。



今の日本の公安警察は、戦前の治安維持法の実行部隊をそのまま引き継いでいるそうです。

警察には、今も、戦前の治安維持法を再現しようとする勢力が根強くあるそうです。

今も、戦前の治安維持法を引き継いだ憲法違反の治安律法が多数あり、

それらが戦前の治安維持法のように実施されていない理由は、ただ、


それ(治安維持法)に反対する多くの市民運動の存在だけが、

治安維持法の実施を抑えている、

きわどいバランスに日本があるようです。


「思想検事」(岩波新書)210ページに、以下のように書いてありました。

>だが、この治安体制の継承によってただちに戦前の状況が再現されるわけではない。

>それを許さなかったのは、破防法反対運動、そして60年安保闘争とつづく

>大衆運動の高まりであったし、

>いまも、かたちを変えつつ、ねばりづよく展開されるさまざまな市民運動である。

>つまりは戦後の民主主義の存在であり、

>それこそが戦前の再現を防ぐ最大の保障なのである。


現在の日本は、このように際どいバランスにあるようです。


安心な社会というのは、個々人の起こす問題を少なくする事と、

政治権力の起こす問題とを少なくすることで実現すると思います。

安心な社会を維持するために、

危険な「戦前の治安維持法」の実施と同様な体制を招かない事が

先ず第1に優先されると思います。

 -----------------引用おわり---------------------

 

 

1930年代に入り、治安維持法はその膨脹期に入ります。1928年から1940年にかけての検挙者数は6万5153人にのぼった一方で、起訴者数は5397名にとどまります。

治安維持法の運用においては、起訴・裁判を通じた処罰よりも身柄拘束に重点が置かれていたことが窺えます。

また31年から33年だけでこの期間の半分を占める3万9000人が検挙されますが、その背景には外郭団体への取り締まり強化がありました。

 

目的遂行罪を積極的に適用して、結社罪の適用が難しい外郭団体の摘発を行っていったのです。


 
他にこの時期には、大量増加する起訴されない検挙者を対象として転向政策の充実を目指した改正も試みられました。

司法省は思想犯の社会復帰を危惧し、予防拘禁も含めた協力な転向政策の実現を企図します。

予防拘禁の導入1934年改正案の中で司法省が最も重視した点の一つでしたが、特に貴族院で異論が噴出して同条項が削除されたため、小山内相らは両院協議会を開いて衆議院貴族院の対立を先鋭化させることで法案を廃案に持ち込みます。

不本意な法案が通過するよりもあえて廃案にする道を選んだのです。



 
さらなる拡大適用の端緒となったのが、1935年の第二次大本教事件でした。

公称40万人の信者が国家主義運動に参入することを恐れた内務省が取り締まりに踏み切ったのです。

本件は共産主義活動ではなく国家主義運動に治安維持法適用された唯一の事例であると同時に、

宗教団体への取り締まりが本格化するきっかけとなりました。

予審調書では出口王仁三郎が日本の統治者になることを目的としていたとの認定がなされ、内務省は「国体変革」の罪を大本教に強引にあてはめて宗教団体に治安維持法適用する前例を作ったのです。

その後仏教系・キリスト教系の団体が幅広く摘発されていきます。

しかしながら国家主義運動を対象とした取り締まりはその本丸である右翼団体に及ぶことはありませんでした。 

各団体が「忠君愛国」を掲げて天皇制を奉じている以上、警察は限定的な指導を行うことしかできませんでした。


 
前年の1934年の改正案では国家主義運動の取り締まりが争点になっていましたが、松本警保局長が右翼思想は共産主義と異なり体系化しておらず、思想として取り締まることが難しい。

テロを起こした右翼は一時的に集まったに過ぎず(恒久的な結社ではない)一時的の現象」であると答弁するなどし、結局右翼対策は盛り込まれませんでした。

またファシズム対策の一環として、1925年の成立時に削除された「政体変革」が政党の手で再度盛り込まれる可能性もありました。

しかし筆者は、自らの合法的政治変革の可能性を守るために規制対象から「政体変革」を削除した1925年の段階の政党に対して、1930年代政党は自らをテロから守るために「政体変革」を積極的に改正案に盛り込もうとしていたと指摘し、政党凋落を如実にあらわしていると述べています。

 

  • ここまでのまとめ

 

  内務省司法省法律と現状との間に齟齬を認めると、まず拡大解釈、ついで法改正を志向することで穴を埋めようとしました。

2度に渡る改正の試みは失敗しましたが、目的遂行罪を中心とした摘発の増加により、共産党・その外郭団体共に1935年までにほぼ壊滅します。

 

あらたな取締対象を開拓

 1937年6月の思想実務者会同で、東京地裁検事局の栗谷四郎が、検挙すべき対象がほとんど払底するという状況になっている状況を指摘し、特高警察と思想検察の存在意義が希薄化させるおそれが生じている事に危機感を表明した。

(1935年から1936年にかけて、予算減・人員減があった)

 そのため、あらたな取締対象の開拓がめざされていった。

 

治安維持法適用対象を拡大し、宗教団体、学術研究会(唯物論研究会)、芸術団体なども摘発されていきます。

 

こういった適用対象の成立当初の目的を逸脱した拡大は思想検事たちも認めるところであり、だからこそ彼らは改正を志向しましたが、もはやその改正は誰かの政治的リーダーシップのもとに行われるものではありませんでした。

 

思想検事の一人・中村義郎は、「制度というものの通弊で、ひとりでに増殖していく」と回顧しています。


 
筆者によれば、最大の問題は政党凋落でした。1930年代の各党は政争に明け暮れ、治安維持法を制御できないばかりかそれに守ってもらおうとすらする有様でした。

また陸軍の台頭についても筆者は言及しています。

人民戦線事件の背景には陸軍皇道派の影響が指摘され、内務省陸軍との関係で運用に恣意的にならざるを得なかったのです。

 

 

*1:第1条で指定されている国体変革などの事項を目的とした協議を行うことに対し課される罪で、第1条より量刑は軽い

 

*2:ただし日本国内において治安維持法のみで死刑を執行されたケースは存在しない。治安維持法適用された中で起訴者が死刑を科され唯一のケースはゾルゲ事件だが、本件については治安維持法違反ではなく国防保安法違反を理由として死刑が科された

 

*3:もちろん無条件に発動できるわけではなく、公共の安全を保持し災厄を避ける目的であること、議会が閉会中であること、緊急の必要性があることが要件とされ、また事前に枢密院の審査を受け事後に議会の承認を受ける必要がありました

 

*4:学生検挙者への寛容な処置、合法的な社会運動共産主義運動の峻別、思想犯に対する取り扱いの改善