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seeing’s diary

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援助交際は「少女だけの問題」なのか?「児童買春」被害者を支援する団体に実情を聞く

(ブログ目次はここをクリック)

 

援助交際は「少女だけの問題」なのか?「児童買春」被害者を支援する団体に実情を聞く

弁護士ドットコムニュース / 2015年12月26日

 

----(はじめに:このページの課題)--------------------

(児童ポルノ単純所持罪は児童を逮捕するための法律かも) 

【児童売春罪と児童ポルノ罪の境目が無くなってきた?】

 児童売春犯と児童ポルノ犯の被害者数はそれぞれ以下のグラフのように推移してきました。

 これを見ると、警察が認知する「児童買春」被害者が減って来ています。

 しかし、児童買春犯罪と被害者は減って来てはいないと思う。

「石川や浜の真砂はつきるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
と思うからです。

 そのため、この統計の意味は:
警察が児童買春犯人を取り締まらなくなって来ているからだろうと考えます。

 取り締まらないので、この統計とは逆に児童買春被害者が多くなって来ていると考えます。

 

(ソース:警察庁の統計サイトの各年度の「少年の補導及び保護の概況」の報告データによる)

 


 また、群馬県の児童買春・児童ポルノ禁止法の送致人員は以下のように推移し、2012年には「児童買春犯」の逮捕が0人になりました。

(ソース:警察庁の統計サイトの、平成24年の犯罪」~「平成17年の犯罪」の、「122 児童買春・児童ポルノ禁止法違反 都道府県別 違反態様別 送致件数及び送致人員」のデータ、及び、各年度の「少年の補導及び保護の概況」の報告データによる

------------(以上がこのページの課題です。

  以下の記事には、この課題の答えの、児童買春の実態が書いてありましたので、以下に引用します。)------

 

 成人男性がお金を払って、18歳未満の少女と会い、性的な行為を行う「援助交際」が社会問題化したのは、20年近くも前のことだ。

しかし今もなお、「援助交際」は10代の少女を取り巻く深刻な問題となっている。


 「13歳のころから援助交際をしているが、この生活から抜け出したい」。

買春やアダルトビデオへの強制出演など、性的搾取の被害者を支援する「NPO法人 人身取引被害者サポートセンター ライトハウス」には、このような相談が寄せられるという。


 援助交際をする生活から抜け出せない背景には、どのような事情があるのか。

ライトハウス」代表の藤原志帆子さんと広報・アドボカシー マネージャーの瀬川愛葵さんに話を聞いた。

(取材・構成/瀬戸佐和子)


●日本には「児童が買われ続ける土壌」がある


――女子中高生は、何がきっかけで援助交際を始めてしまうのでしょうか?


藤原:まず、「援助交際」という言葉ですが、少女たちと大人が同等の立場で取引をしていて、少女たちが自分の判断で行動をしている、というような表現ですよね。

児童買春という犯罪をこのような言葉に置き換えてしまう社会こそ、問題だと思いませんか。


また、どうして少女は援助交際をするのかという質問ですが、

買われる少女たちにのみ焦点が当てられる傾向も違和感を感じます。

なぜなら、買春をする大人たちはいつの時代も「匿名」だからです。


日本における児童買春の処罰は、他の先進国やアジア隣国と比べて軽度なもので、社会的な制裁もほとんどありません。

処罰されるリスクが低く、社会的にも「買う側」を問題視する意識が希薄な状況では、買春者は繰り返し10代の性を買います。


瀬川:少女たちがなぜ援助交際に巻き込まれてしまうのかと問うとき、日本にはこのように「児童が買われ続ける土壌」があることをまず理解する必要があります。


 援助交際を強いられる少女たちの背景は様々ですが、

家庭内で性虐待を受けていたり、家庭環境が複雑な女の子たちがいます。

家が安心できる安全な場所でないため、彼女たちは家に帰りたくない、帰れないのです。

そして、そのことを相談できる大人が周りにいないとき、一晩だけでも家に帰らずに済むようにと、援助交際にたどり着くケースがあります。


 自分を守ってくれるはずの大人や信頼していた大人からの暴力により、子どもたちは人間関係への不安を常に抱くようになります。

その孤独感から、ときに自分たちを利用するような人が近づいてきても、それを受け入れることがあります。

その相手が自分を必要としてくれたり、寂しさを埋めてくれるのならば、なおさらです。


 援交相手や、性産業のスカウトマン、彼女たちを買う客が、その寂しさや孤独感を満たす存在になってしまうのです。

「優しくしてもらったから、援交したけどお金はいらない」という子もいました。


藤原:援助交際をするか、自分の居場所がない家に帰るかの二者択一の中で、援助交際から抜け出せない子は多いです。


瀬川:相談支援をしていて出会う子の中には、

「家で性虐待を受けるくらいなら、援助交際のほうがまだマシだ」

と考える子もいるようです。

家での性虐待は、自分の意志に関係なく毎日同じような時間帯に被害を受けるもので、拒否できない。

でも、援助交際は自分で少しはコントロールできるし、お金ももらえる場合が多い。 

 

(当ブログのコメント:児童が暴力団等に搾取されずに児童本人がほぼ単独で児童買春犯罪に関与している状況では、警察の介入は困難だと納得しました。

この様な貧困の被害者には、警察の逮捕・補導という手段を行使するのは不適切であり、

貧困から抜け出す自立の支援の施策こそが必要なのだと理解しました。)


もちろん、赤の他人と一緒に過ごすことには恐怖を感じていると思います。

「これから援交するよ」とLINEで私たちに伝える子もいます。

連絡をするということは、他の人に知っておいてほしいといった複雑な想いがあるのでしょう。

何も怖くないなら、他の人には言わないと思いますから。


●「その子が自ら援助交際をしたから悪い」とは言えない


――援助交際について、「買った側だけが処罰されるのはおかしい」「子どもが自ら援助交際を持ちかけていたら、その子にも非があるのでは」という声があるようです。


藤原:どんな状況の子であっても、大人が「その子が自ら援助交際をしたから悪い」とは、絶対に言えないと思います。


しかし、私たちの社会には、子どもたちに自己責任論を押し付ける風潮があります

「彼女たちが16歳や17歳だとしても、性を売ると決断した事実を尊重するべきだ。だから被害者ではない」

という世論も、一昔前までは特に強くありました。

主に買春者、そして少女たちをビジネスにする斡旋者たちの詭弁ですね。


しかし、児童買春・ポルノの被害が深刻になり、被害児童の若年化も明らかになった上、子どもの貧困という大きな問題に日本中が直面している中、そんな認識は通用しません。


すごく切なかった話ですが、「援交する代わりに、コンタクトレンズの消毒液とレンズを買ってもらう」「メイク道具を買ってもらうために援交した」という子もいました。

貧困は、子どもたちが性産業に取り込まれるひとつの大きな背景になっていると思います。


と同時に、先ほどお話しした通り、家庭の経済状況にかかわらず、家庭環境や孤独感が背景にある場合もあります。

子どもたちは、援助交際をせざるを得ない状況に追い込まれているのです。


――日本社会の構造にも何か原因があるのでしょうか。

 

(参考データ)日本の政治の結果の経済

厚生労働省の毎月勤労統計調査の統計表一覧、季節調整済指数及び増減率11(実質賃金 季節調整済指数及び増減率、現金給与総額(5人以上))から(1月-3月)データを抽出

 

総務省統計局家計消費指数 結果表(平成22年基準)の、総世帯の家計消費指数のデータから、実質家計消費指数を抽出

 

2015年3月6日:ふつうは業績回復が先行し、その後に人件費は増加していく。ところが、現状ではそうなっていない。

 

2015年6月8日:安倍政権はこれでも派遣法を改悪するのか?派遣労働で貧困にあえぐ”普通の女性たち”

 

日本の教育への公的支出、OECD加盟国中最下位…2012年GDP比

 

 先進国の北欧をはじめとするヨーロッパでは、大学の授業料が無料というだけでなく、大学生に生活費が支給されます。つまり、大学に行きたい人は誰でも生活が保障されて通学することができるのです。 

 

 それに対して、最近の日本では:

(1)安倍晋三政権は2013年から、貧困層への生活保護基準引き下げ(保護費削減)を実施。

(2)来年度(2015年)は子育て給付金中止、低所得者向けも圧縮ですって。 

(3)「無料塾」継続困難に 来年度(2015年)から国の補助減
琉球新報 9月5日(金)配信
(4)生活保護世帯の学習支援事業 2015年度から国庫補助半減

(5)生活保護のうち家賃として支払う「住宅扶助」について2015年度から引き下げ、2017年度には2014年度と比べ約190億円減額する。
(2015年度予算で食費など生活費に充てる「生活扶助」の約260億円減額も決まっている。そのため、2015年度は実質では計約320億円の減額となる。)
(6)東京都渋谷区が,年末年始の貧困者への炊き出し(食事の提供)をさせないことを目的に宮下公園など3公園を閉鎖

(7)防衛費、補正予算倍に 「経済対策」名目に拡充(2015年1月8日)

 アメリカでは、「徴兵制はいらない。貧困があるから」と言われていて、まさに国家規模の「貧困ビジネス」が戦争になっているわけです。 

 

シングルマザーの過酷な実態。安倍政権の女子に対する福祉は【売春】なのかもしれない。

 

失業率の推移のデータはここをクリックした先のページから得た。

 日本の自殺率には、「失業率が3.5%を超えると自殺率が増える」という法則があるように見える。

舞田敏彦の著作:武蔵野大学、杏林大学兼任講師

 

 

母子家庭の原因の離婚の原因は貧困

 

 

2014年02月10日11時52分
【日本の給与レベルは16年ぶりの低水準、アベノミクスが新たな壁に直面=アメリカのメディアが報道】
 米メディアはこのほど、日本の給与水準が低下し続けているため、給与の引き上げなどを通じてデフレの脱却を目指す「アベノミクス」が新たな壁に直面して いるとの見方を示した。また、多くの中小企業の賃上げが見送られている中、一部の大手企業のベースアップだけで4月の消費税引き上げの悪影響を解消できる かどうか現時点では不明だと指摘した。

 

(当ブログのコメント)

 アメリカのメディアの予想通り、2014年は、消費税の3%の引き上げを全く解消できずに、2014年度分の(5人以上職場の)実質現金賃金は、2013年度より3%低下し2010年の94.9%(1998年の88.3%)に下がった。

 

日本と中国の名目GDP(ドル換算)

 

GDP統計によると日本経済は年率換算で6.8%縮小。これは、3年以上前に東北地方を襲った地震と津波以来最悪の景気縮小を意味する。
(2014年8月13日)

4~6月期の国内総生産(GDP)第1次速報値では、GDPの6割を占める家計消費が5・2%減(年率19・2%減)と、戦後最大級の落ち込み
(英フィナンシャル・タイムズ8月14日付社説)

 

アベノミクス失敗すれば2016年に政権交代あり得る? 米誌指摘(2014年8月18日)

 

 

朝日新聞デジタル:GDP、年率1.6%減 7~9月期、景気低迷鮮明に

2014年11月17日

 

2014年11月19日

 海外メディアが相次いでアベノミクスを痛烈批判!タイム誌「消費税よりもアベノミクスそのものが失敗」「日本が景気後退入り」 

 

2014年12月1日

 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは2014年12月1日、日本の長期国債の格付けを「Aa3(ダブルAマイナスに相当)」から「A1(シングルAプラス)」へ1段階引き下げたと発表した。財政赤字削減目標の達成可能性に不確実性が高まったほか、デフレ圧力の下で成長戦略のタイミングと有効性に対する不確実性が高まったと判断した。
(これで、日本国債の格付けは中国国債や韓国国債サウジアラビア国債よりも低くなった) 

 

2015年4月27日

 米格付け会社フィッチが、日本国債を格下げした。

 

◆円安で流出する日本の所得

円安の進行は、経済成長の観点からは成長率を押し下げる方向に働く。 

 

(こどもの貧困率の逆転現象)

 子どもの貧困率は、世界的な経済状況よりも、国内の政策という人為的かつ意図的なものに左右される度合いの方がはるかに大きい。これを示すのが、上の図である。
 上図は、先進諸国における子どもの貧困率を「再分配前」(就労や、金融資産によって得られる所得)と、それから税金と社会保険料を引き、児童手当や年金 などの社会保障給付を足した「再分配後」でみたものである。再分配前の貧困率と再分配後の貧困率の差が、政府による「貧困削減」の効果を表す。
 先進諸国においては、再分配前に比べて、再分配後には貧困率が大幅に減少している。つまり、政府の再分配政策(税制や社会保障制度など)によって、子どもの再分配前の貧困率を、大きく削減している。

 この図の衝撃的なところは、日本が、OECD 諸国の中で、唯一、再分配後の貧困率が再分配前の貧困率を上回っている国である。つまり、日本の再分配政策は、子どもの貧困率を削減するどころか、逆に、増加させてしまっているのである。 

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藤原:自分の尊厳や権利、また、体や性のことに関する知識を身につける機会を、私たちは子どもたちに十分に与えていないと思います。

学校や家庭で、自分の性や恋愛に向き合って話し合う機会は、日本では文化としても、制度としても、確立されていません。


子どもたちと性の話をしていると、いかに子どもたちが、漫画やネットで得る性の情報を頼りにしているかがわかります。

商業目的で作られた大人の男性向けの性の情報に翻弄され、混乱しています。

小学生でも性的搾取被害に遭っている現状がある今、性の権利や性と体の情報は早い段階から子どもたちに伝えていきたいものです。


瀬川:日本の過激なアイドル文化にも問題があると思います。

未成年を含む若い女性が露出度の高い服を着て、テレビや雑誌で取り上げられ、社会的に大きな支持を得ているのを見ると、

「ああいう見せ方が普通なんだ」「私もあんな風に注目されたい」と思う女の子も多いのではないでしょうか。


子どものときから女性を性的商品として宣伝するメディアや広告に触れていたり、

日常的に痴漢被害にあっていたり、

大人に援助交際を持ちかけられたり、

裸の写真を送るよう要求されたりしていると、

自分の体は需要があるとか、商業的価値があるということが、幼いながらもわかるんですよね。


●外国の捜査官から「うちの国ではありえない」と言われた


――援助交際がきっかけで、犯罪に巻き込まれてしまうケースもあるのでしょうか。


瀬川:子どもの性を買う行為である「援助交際」自体が犯罪だと思いますが、たとえば、性行為の様子が撮影され、ネットで配信されてしまった、というケースもあります。 

 

(当ブログのコメント:なるほど、そういう場合(児童ポルノ罪)になれば、警察が介入できる理由ができると考えます。)


藤原:「自分の裸の写真を送った相手から、恐喝されている」という相談も、2009年ごろから増えはじめました。

お小遣い稼ぎや「周りの友達がみんなやっているから」という軽い気持ちで写真を送った結果、

「ばらまかれたくなかったら、今度会わせろ」と脅されるなどの被害にあってしまうのです。


瀬川:アメリカでは、未成年ではない童顔のモデルが、ヌードで雑誌の表紙をかざると、「これは児童ポルノではないか」と一般市民から声があがって問題になります。


藤原:一方、日本では、「着エロ」と呼ばれる、15歳以下の女の子にヒモのような小さな水着を着せ、わいせつな行為をさせて撮影した動画の配信サイトやDVDレーベルが多数あります。

需要もあります。

そういう現状に対して、私たちのような団体はもちろん声をあげますが、一般の人が声をあげず、野放しにされているのが、アメリカなどとの大きな違いではないでしょうか。


日本では、電車の中吊り広告やコンビニで、水着を着た16歳の女の子が普通に雑誌のグラビアを飾ってますよね。

欧米ではもちろんですが、他のアジアの捜査官からも、

「これはうちの国ではあり得ない」

と言われます。

「日本のペドファイル(児童性虐待者)”文化”は深刻だ」

と指摘されています。


――ライトハウスに相談を寄せた人に対しては、どのようなサポートをしているのですか。


藤原:お話をうかがい、必要であれば、病院や弁護士などにつなぎます。

親から極限までネグレクト(育児放棄)されていて、繁華街で男性に声をかけられて援交していたような子に対しては、児童相談所などの福祉につなげたこともあります。


また、相談を寄せてくれた子と引き続きつながっていくために、定期的にLINEで連絡を取っています。

そのとき、「また援交するの?」「ダメだよ」などと責めるようなことを言うと、向こうから連絡を絶ってしまいます。

本人を否定するようなことは言わず、「今日ご飯食べた?」とか、体調を気遣ったり、危ない目にあったらどこに連絡・相談すべきかといった、身を守る方法を伝えています。


瀬川:援助交際をしたり、性虐待を受けている子をそのままにしておくことが良いとは思っていません。

本当は、すぐに駆けつけて、どうにか環境を変えてあげたい。

もどかしいです。

ただ、アクションを起こすタイミングは、すごく大事だと思っています。


親や周りの大人から暴力や性虐待を受けて、どんな大人も信じられなくなっている子が多いです。

また、本人にある程度「この生活から抜け出したい」という意志がないと、私たちが介入しても、すぐ元の状態に戻ってしまったり、親との関係が余計に悪化する可能性もあります。


支援が途切れないように、少しずつ関係を深めていって、この先どういう支援につなげるべきかを慎重に考えながらサポートしています。


ライトハウス・人身取引被害専用ホットライン

電話:0120-879-871(月〜金/10時〜19時)

メール:soudan@lhj.jp(24時間365日受付)

LINE: LH214(http://line.me/ti/p/VkQXNT_gFeよりアクセス)

 

(弁護士ドットコムニュース)

 

(当ブログのコメント)

 日本の貧困家庭の児童買春の現実にやりきれない思いを感じます。

貧困への同情を誘う以下の作品を読んで気をまぎらわせたいと思います。

 

 君が夕飯の後に、ブロードウェイを歩いているとしよう。気晴らしに悲劇を見ようか、ボードビル・ショーで何かシリアスなものでも見ようか、考えながら一 〇分かけて煙草を吸い終える。ふいに、誰かが君の肩を叩く。振り返ると、ダイヤモンドとロシアンセーブルのコートに身を包んだ美女が、不安そうな眼でこち らを見ている。美女は君の手に、出来立てのバターロールを無理やり持たせて、さっと小さなハサミを取り出すと、君のコートの第二ボタンを切り取り、意味あ りげにこう叫ぶ、「パラレログラム!」 そして怯えたように後ろを気にしつつ走り出し、すぐに細い路地へと消えて行く。


 これこそまさに冒険だ。そこで君は第一歩を踏み出すだろうか。まず無理だろう。せいぜい恥ずかしさに赤面しつつ、おどおどしながらロールパンを捨て、第 二ボタンの糸を未練がましくいじりながら再びブロードウェイを歩き始める、そんなところだ。君が、純粋な冒険心を忘れていない恵まれた人であるなら、話は 別だけれど。


 真の冒険家は、数少ない。書物に名を残すような人々は大抵、新たな道筋を開拓したいビジネスマンみたいなものだ。彼らは、自分が手に入れたい物のために 旅に出る。――金の羊毛、聖杯、女性の愛、財宝、王冠、名声、などなど。一方、真の冒険家は、未知の運命を迎え入れるために、あてもなく打算もなく突き進 む。その良い例は、新約聖書の「放蕩息子」――帰途に着いた時の――だろう。


 勇敢で立派で、冒険家のように見える者は、いくらでもいる。クルセイズ(十字軍)にも、パリセイズ(ロッククライミングの名所)にもいる。彼らは歴史と 小説を豊かなものにしたし、歴史小説業界も豊かにした。でも彼らはみな、手に入れたい財宝、飛び込みたいゴール、胸に秘めた計画、走り抜けたいレース、繰 り出したい次の一手、歴史に残したい名前、世間に示したい主張、そういうものをそれぞれ持っていた。そんな彼らは、真の冒険家ではないのだ。


 大都会では、ロマンスと冒険という双子の精霊が、取り憑くに値する人間をいつでも探し回っている。街を歩いていると、その精霊が見張っていて、二十種類 以上の様々な姿になって私たちに挑戦してくるのだ。理由もなく不意に、高い窓を見上げると、そこに大切な人の肖像が浮かび上がる。寝静まった街で、苦悶の 悲鳴が空き家から聞こえてくる。知らない街の知らない家の前でタクシーから降ろされると、その家から笑顔で出てきた人が、中に入るよう促す。何か書き留め られた一枚の紙が、運命という天空の窓から足元へと舞い降りてくる。人ごみの中ですれ違う相手と、瞬間的に、憎しみや愛情や恐怖を込めた視線を交し合う。 突然の豪雨――そのとき私たちのさす傘は、満月の娘を、銀河の従妹を、実は守ってあげているのかもしれない。あらゆる街角で、ハンカチは落とされ、指は何 かを合図し、視線が向けられ、困惑に、孤独に、恍惚に、神秘に、危険に、形を変えながら、冒険の手がかりは私たちに差し出されているのだ。しかしほとんど の人間は、これをつかもうとも追いかけようともしない。習慣が、私たちをがんじがらめに縛っているのだろう。そして時は過ぎる。いつか来る退屈な人生の終 わりに、私たちは思い返して言うのだ。自分のロマンスは、一度か二度の結婚という味気ないものだった。サテンの薔薇飾りみたいに、引き出しの中に加湿器と 一緒にしまい込まれただけの一生だった、と。


 ルドルフ・スタイナーは真の冒険家であった。何か未知のとんでもないものを求めて、彼は毎晩のように自分の部屋を飛び出した。人生最高の面白い出来事 が、すぐそこの曲がり角の向こうに潜んでいるかもしれないと彼には思えるのだった。時には、危険を冒すことをいとわず、奇妙な小道に迷い込んだ。警察署に 泊まったことも二度あるし、ずる賢く貪欲な詐欺師に騙されたことも何度もある。彼のお金や時計は、上手い話に乗せられた代償として消えていった。それでも 彼は熱意を失わず、冒険という輝かしい闘技場で、全ての挑戦を受けて立ったのである。


 ある晩、ルドルフは、旧市街の大通りをぶらついていた。歩道には二種類の人の流れがあった。一方には、家路を急ぐ人。他方には、ロウソク何千本分にもなりそうなネオンの光る、レストランの見せかけの歓迎に惹かれ、帰宅を忘れてそわそわする人の群れだ。


 我らが若き冒険家は、嬉しそうに、穏やかに、注意深く歩いていた。昼間の彼は、ピアノ店のセールスマンだった。彼のネクタイは、ネクタイピンの代わりに トパーズのリングで留められていた。彼はかつて、自分の人生に最も影響を与えた書物はミス・リビーの『ジュニーの恋の試練』だ、と書いた手紙を雑誌の編集 者に送ったこともあった。


 歩いて行くと、まず、歩道に置かれたガラスケースの中で歯型がガチガチと乱暴に鳴る音が、彼の注意を引いた(そして彼を不安にさせた)ようだった。歯型 の手前にはレストランがあったが、もう一度見ると、その隣の建物の上のほうに、ネオンサインで光る歯医者の看板があるのに気付いた。


 体の大きな黒人が、赤い刺繍入りのコート・黄色いズボン・迷彩柄の帽子という奇妙な出で立ちで、小さなカード型のチラシを丁寧に通行人に配っていた。


 こういう歯医者の宣伝は、ルドルフにとって見慣れたものだった。普段なら、残り枚数を減らしてやることもなくチラシ配りの前を通り過ぎるのだけど、今夜 のアフリカ人は余りにも上手く彼の手にチラシを滑り込ませたので、彼は受け取って、その見事な技に感心するように微笑んだのだった。


 何ヤードか歩いてから、深く考えずチラシに目をやった。驚いた。興味を持って裏返した。裏面には何も書いていなかった。表の面には、インクで三文字、 「緑の扉」と書かれていた。その時、ルドルフの三歩ほど先を歩いていた男が、さっきの黒人から受け取ったチラシを投げ捨てた。ルドルフはそれを拾った。そ こに印刷されていたのは、歯医者の名前、住所、ありきたりな「入れ歯治療」と「ブリッジ治療」の診療日程、「痛くありません」という建前上の宣伝文句だっ た。


 冒険心あふれるピアノセールスマンは、立ち止まって考えた。それから、道を横断して反対側に行き、黒人よりも前まで逆戻りしてから、再び道を横断し、人 の流れの中に戻った。今度は黒人を気にするそぶりを見せないようにしつつ、自分に差し出されたチラシを無造作に受け取る。一〇歩歩いて、彼はチラシを確か めた。そこには、最初のチラシにあったのと同じ書体で、「緑の扉」と書かれていた。路上には、彼の前や後ろを歩く歩行者が落としたチラシが四枚ほどあっ た。何も書かれていない面が上になっている。ルドルフは全てひっくり返して確かめた。どのチラシにも、「歯科医院」という例の文句が印刷されていた。


 いたずら好きな冒険の精霊が、その信奉者であるルドルフ・スタイナーへ二度も合図を送らねばならないことなど、滅多に無い。しかし、二度目はあったのだ。冒険は始まった。

 
 がちがち鳴る歯型のそばに立っている、体の大きな黒人のところまで、ルドルフはゆっくりと歩いて戻った。今度は、前を通ってもチラシを差し出されること はなかった。このエチオピア人、派手で軽薄な服装をしながらも、その立ち姿は生まれ持った野生の気高さのようなものを放っており、ある時には優しくチラシ を手渡し、ある時には完全に素通りさせていた。三〇秒に一度は、耳障りで意味不明なフレーズを口ずさんでいた。それは電車の車掌のようでもあり、グラン ド・オペラの一節のようでもあった。ルドルフはこの時、チラシを差し出されなかっただけでなく、たくましく黒く輝く顔から、冷たい視線を、ほとんど軽蔑す るような視線を、投げかけられたように感じた。

 
 その視線は、冒険家に深く突き刺さった。役立たずめ、という無言の非難が込められているように感じたのだ。チラシに書かれた謎の言葉がどんな意味を持つ にせよ、彼は、その受取人として人ごみの中から二度も選ばれた。ところが今や、自分がその謎に挑む能力も気概も無い人間として非難されているように、彼に は思えた。


 この若者は人ごみから離れ、自分だけの冒険が潜んでいるはずのビルを、素早く観察した。五階建てだった。地下には小さなレストランが入っていた。

 
 一階は、今はシャッターが閉まっているが、帽子屋か毛皮屋だろう。二階は、またたくネオン広告を掲げた、例の歯医者だ。その上の階には、様々な言語の看 板が、占い師や服屋や音楽家や医者たちの入居を示してごちゃごちゃと並ぶ。さらに上の階は、厚手のカーテンが付いていたり、白い牛乳瓶が窓の桟に並んでい たりして、個人の住居であることが分かる。

 
 概観を終えたルドルフは、ビルに踏み込み、石の階段を力強く駆け上がった。さらにカーペットの階段を二階分のぼったところで、足を止めた。廊下は、二つ のガス灯の青白い光でほのかに照らされていた。光源の一つは遠く右側に、もう一つはもっと近く、彼の左側にある。彼は近いほうの光に眼を向けた。その弱々 しい光の中には、緑色の扉があった。一瞬、彼は躊躇した。しかし、チラシ配りのアフリカ人の傲慢な冷笑が脳裏に浮かぶと、まっすぐに緑の扉へと歩き、その 扉をノックした。


 ノックの応えを待つ間に、一秒一秒が過ぎていく。こういう時間にこそ、真の冒険の、速い息遣いが露わになる。この緑の鉄板の背後に、何が潜んでいるの だ! 博打の最中の勝負師か。巧妙に罠をしかける狡猾な詐欺師か。勇者に焦がれる美女が、見つけ出されるのを待っているところか。向こう見ずな彼のノック に応えるのは、危険、死、愛、失望、嘲笑、――そのどれでもありえた。


 内側からかすかな音が聞こえ、扉はゆっくりと開いた。そこには、まだ二十歳にならないくらいの少女が、白い顔でふらつきながら立っていた。彼女はドアノ ブを放すと、その手をこちらに伸ばしながら、そのまま弱々しく倒れかかってきた。ルドルフは彼女を抱きとめて、壁のそばに置かれた色あせたソファーに寝か せた。彼はドアを閉め、明滅するガス灯の光で照らされる室内を素早く見回した。片付いてはいるが、とても貧しい生活をしているようだ。


 少女は、気絶したように静かに寝ていた。ルドルフは興奮した様子で部屋の中を見回し、樽を探した。こういう時は、うつ伏せで樽の上に乗せて――、いや、 違う、それは溺れた人の救命法だ。彼は、自分の帽子で彼女をあおぎ始めた。その試みは上手く行った。山高帽のつばが彼女の鼻にぶつかって、彼女が目を覚ま したのだ。彼は悟った。彼女の顔は、彼にとって大事な人の肖像画が並ぶ心の画廊のなかに、一つだけ欠けていた顔なのだ。正直そうな灰色の瞳、生意気そうに つんとした小さい鼻、豆の木のつるのように巻いた栗色の髪、彼女こそ、彼の素晴らしい冒険の正当な結末であり、正当なご褒美だと思えた。ただ、彼女の顔は 悲しげにやつれて、青白かった。

 
 少女は彼を穏やかな眼で見つめ、微笑んだ。

「気絶してたのかな…」彼女は弱々しく言った。「そりゃそうだよね。三日間も何も食べなかったら、当たり前だわ」

「なんだって!」ルドルフは叫んで、飛び上がった。「ちょっと待ってなさい!」


 彼は緑の扉から飛び出し、階段を駆け下りた。そして二十分で戻って来ると、今度は足で扉を蹴って、彼女に開けてもらった。両腕には、スーパーとレストラ ンで買ってきた食べ物を抱えていたのだ。彼は、食べ物をテーブルに並べた。パンとバター、コールドミート、ケーキ、パイ、ピクルス、牡蠣、ローストチキ ン、瓶の牛乳に、熱い紅茶。


「なんて馬鹿なことを!」ルドルフは怒って言った。「何も食べないなんて。そんな危険な賭けみたいなことはやめなさい。ほら、夕飯だよ」


 手助けしながら彼女を食卓につかせてから、彼は尋ねた。「紅茶を入れるカップはある?」「窓のそばの棚に」彼女は答えた。彼がカップを取って振り返る と、彼女はきらきらと瞳を輝かせながら、大きなディル・ピクルスにかじりつこうとしていた。誤ることのない女性の本能で、紙袋の中から見つけ出したよう だ。彼は笑いながらそれを取り上げて、カップに牛乳をなみなみと注いだ。「まずはこれを飲む」彼は命じた。「それから少し紅茶を飲んで、次に鳥の手羽てばだ。それで具合がいいようなら、明日はピクルスを食べてもいいだろう。それと…、良ければ夕食を御一緒させてもらおうかな」


 彼はもう一つの椅子を引いた。紅茶を飲んだ彼女は、表情も顔色も良くなったようだった。彼女は、飢えた野生の獣のような、一種の上品さと凶暴さを発揮し ながら食べ始めた。そこに若い男がいることや、彼が自分を助けたことを、ごく自然なことと捉えているようだった。しかし、マナーを軽視しているというわけ ではなく、何しろ事態が緊急なので人間社会の諸々は後回しにする権利がある、という感じだった。しかし次第に、元気と落ち着きが回復してくると、持つべき 常識感覚も多少戻ってきて、ささやかな身の上話を始めた。それは、都会ではあくびが出るほどありふれた、平凡な話だった。――安い給料で働く販売員が、店 の利益を上げるための「罰金」まで引かれて、病気になってさらに余裕がなくなり、そのうち職自体がなくなり、希望もなくなり――、そこへ、冒険家が緑の扉 をノックしたというわけだ。


 しかし、ルドルフにとってこの物語は、『イリアス』のように、『ジュニーの恋の試練』に出てくる危機一髪の場面のように、大変な話に思えたのだった。


「そんな大変なことがあったなんて」彼は感極まって言った。


「つらい日々でした」少女は難しい顔をして言った。


「この街に、親類とか友達はいないの?」


「一人もいません」


「ぼくも、一人ぼっちだ」ルドルフは、少し間を置いてから言った。


「嬉しいな」少女は間を置かずに言った。若い男は、自分の孤独な境遇を良いことのように言われて、嬉しく思った。

 
 突然、彼女のまぶたが落ちてきて、少女は深くため息をついた。

「とても眠いの」彼女は言った。「でも何だかすごくいい気持ち」


 ルドルフは立ち上がり、帽子を手に取った。「じゃあもうお休み。ひと晩ぐっすり眠れば元気になるよ」


 彼が手を差し出すと、彼女はその手を取って、「おやすみなさい」とだけ言った。けれども彼女の眼は、雄弁に、率直に、そして悲しげに、彼に問うていた。彼は言葉でそれに答えた。

「ああ、明日また来るよ。心配だからね。そんなに簡単には、ぼくを追い払えないよ」


 彼がやって来たという事実に比べれば、彼がどうして来たかなど大したことではなかったのだけれど、扉の前で彼女は尋ねた。「どうして、ここの扉をノックしたの?」


 彼は一瞬彼女のことを見つめてから、あのチラシを思い出し、突然生まれた嫉妬心に胸を刺された。彼のような冒険心を持った、別の男に、あのチラシが渡さ れていたとしたら? 彼は、絶対に彼女に真実を伝えるべきではないと素早く判断した。貧困の末に彼女がやむなく選んだ奇妙な手段のことを、自分が知ってい るとは決して言いたくなかったのだ。

 

「うちの店の調律師が、このビルに住んでるんだ」彼は言った。「間違えて君の部屋をノックしてしまった。」


 緑の扉が閉じる前に、最後に見えたのは、彼女の微笑みだった。


 階段の上で立ち止まった彼は、奇妙なことに気付いて、辺りを見回した。廊下を端まで歩き、また戻り、上の階にのぼり、謎の探索を続けた。そのビルの扉は全て、緑色に塗られていたのである。

 
 不思議に思いながら、彼は階段を下りて歩道に出た。派手なアフリカ人はまだそこにいた。ルドルフは、二枚のチラシを取り出して、黒人と向き合った。

 

「どうしてこれをぼくに渡したのか、一体どういう意味があるのか、教えてくれないか?」彼は尋ねた。

 
 明るくて人の良さそうな顔の黒人は、それだけでも雇い主の広告になりそうな立派な歯並びを見せて笑った。

 
「あれっすよ、旦那」彼は言って、通りのほうを指差した。「でも第一幕にゃちょっと間に合わねえかな」


 彼が指差したほうを見ると、劇場の入り口の上で、新作公演を知らせるまばゆいネオンの文字が躍っていた。『緑の扉』、と。

「かなり最高のショーらしいすね」黒人は言った。「あそこの支配人が、歯医者のに混ぜてチラシを配ってくれって言うんすよ、一ドルでね。旦那、歯医者のほうもあげましょうかね?」


 自宅のそばの角まで来ると、ルドルフは、そこの店でビールをグラス一杯だけ飲み、煙草を買った。煙草に火をつけて出てきた彼は、コートのボタンを留め、帽子のつばを上げながら、角の街灯に向かってきっぱりと言った。


「どちらにしたって同じことだ。彼女に出会えたのは、運命に導かれたから。ぼくはそう信じてる。」


 こういうお話で、こういう結末。ルドルフ・スタイナーは、ロマンスと冒険を心から愛する者の一人だ。そう認めない理由は無いだろう。

 



底本:Henry, O. "The Green Door" in Literature Collection.
底本の言語:英語
翻訳・公開:石波杏
※本作品は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」の下に提供されています。
2013年2月15日訳了
2013年2月15日公開
2014年1月17日最終更新